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ちゃんとお金が取れそうな記録映像をこの場で公開してくれる事に感謝
「豊橋」「特」/「岐阜」「特」、パノラマカーの逆さ富士にはこの表示が一番似合いますね。まだ自分が小学生だった昭和40年代、親にせがんでパノラマカーによく乗せてもらいました。その後、特急はすべて座席指定券が必要になるのだけれど、名鉄特急がまだ乗車券だけで乗れた時代を懐かしく思います。
懐かしい!昔の名鉄は警笛を鳴らしまくっていましたよね。市街地だろうが関係なく。パノラマカーの前面展望もいいですねー モーター音最高!
常滑線なんかでは走行中でも鳴らし続けてましたね。ミュージックホーンがうるさいと言われる時代なんですかね…😖
国府宮〜新一宮間の全面展望が非常に懐かしいです!特急政策前の高速をよく利用していて、仮線前の旧線時代は線路規格も脆弱で更に線形も悪い為か回復運転時など、妙興寺手前からミュージックホーンを鳴らしっぱなしでよく新一宮まで進入していました。ありがとう高評価!
妙興寺あたりはミュージックホーンをフルで2連続鳴らしてましたね。速度も速くて興奮しながら展望席に乗っていました。
korosuke512tr 殿 私は尾西線ユーザーだったので、新名古屋から乗車する時は新一宮での連絡種別は当時、高速新岐阜で、大体P6編成で、よく新一宮到着が遅れ気味で妙興寺過ぎても100キロ以上の速度を出していましたね!特に横揺れが凄かった記憶です。展望席に座ると尾西線ホームまでが一番遠くなる位置になります、それでも津島方面の電車は少々遅れても必ず待ってくれてました!
@@アロたん-z5yさん”高速”は懐かしいですね! 高速と言えば7500系の印象が強いです。子供時代の記憶を美化してしまう事はあるのでしょうが、それでもあの時代は良かった。。祖母にねだって7000系白帯車の指定席に初めて乗せてもらった日のことを忘れられません。
@@アロたん-z5y 尾西線ホームの「ジリリリ」というベルの音と、HL車独特の匂いが懐かしいです。
懐かしい!地上時代の新一宮駅はよく使ってましたよ!名古屋への行き帰りに。玉ノ井線もHLから6000になって1年たったあとですね
懐かしいです!7700系が連結された編成は特急だと座席指定になるけど稀に急行で運用されてた時があってその時は7700系も普通乗車できたのでそちらに乗った記憶があります!貴重な映像ありがとうございます。
いいですね~この当時私は一宮に住んでいたのでよく覚えています。7100系が改造前で7000系4連に組み込まれて6連になる本来の使い方だったり7700系も2連が全て白帯車になって名古屋本線の指定席車運用に組み込まれていたり今以上のカオスっぷりでしたね。
昔はよかった。大昔には少し離れたところには東一宮駅もあり岩倉、小牧へ名鉄があった。
昔はパノラマカーやSR車がブームだったのですね。今や新一宮が名鉄一宮に駅名変更したし、一宮駅も高架化しました。昔は玉ノ井に行く電車や津島に行く電車はなかったのですかねぇ~?
尾西線の電車は、隣の1・2番線から発車してました。この頃は2扉車のほうが多かったかも?
このころは、7000系6両一般席車+7700系白帯車2両指定席車は、旧高速のスジで、新岐阜~新名古屋iで新一宮+国府宮に停車。7000系4両一般席車+7000系白帯車4両指定席車は、旧特急のスジで、新岐阜~新名古屋間は新一宮のみの停車でした。
尾西線のホームで列車を待っていると対面に起方面のバスがでてたなぁ。尾張一宮側に出るにも歩かされたような記憶が、それが新一宮駅
いやー、TDK825系の加速、減速音聴き放題ですね。この音だけで、どんぶり飯三杯はいけます!(本当に)7000系列のTDK825系とD-3-FRの組み合わせもいいですが、5500系のTDK825AとDH-25の組み合わせも今聴くと中々おつな感じですね。しかも様々な種別にP車、SR車が当てられてる。最高ですね!30年前はこれが日常だったんですよね。あと、妙興寺のアピタ一宮店も懐かしいですね。今は、アピタ一宮店の名前はテラスウォーク(かつてのサンテラス一宮のユニー。現在は8年ほど前に立て替えました)のアピタに譲って、ピアゴパワーになってますね(ユーストア→ピアゴ→ピアゴプラス)
栄生と前後通過の急行が懐かしいです^ ^
新一宮駅は、名鉄一宮駅に、名称変更されてます。
名鉄一宮駅がまだ高架駅じゃなかった頃で妙興寺駅もまだそうでもなかった時代。
冒頭の前面展望の島氏永駅通過シーンを見て思った。この当時も車の路上駐車が多かったんですね。
さすがはパノラマカーの前面展望! ミュージックホーンと電笛がご褒美に。
赤?燕脂?のシート、懐かしい。SR車、モーター音最高だなぁ。
TDK-825系の低音から高音にかけて幾重にも音が折り重なる独特の音は最高ですね。
これより更に7、8年前の新一宮駅は、確か尾西線と玉ノ井線のホームが1面1線だったように思います。
そうです。平成元年に仮駅になるまでは、そういう配線でした。しかも、名古屋本線の岐阜方面の線路に面していたため、ホームの本線側には、柵が設けられていました。因みに、その頃の新一宮は、名古屋本線の促進ベルが電子音だったのに対して、尾西線は本物のベルごけたたましくなっていました。当時はHL車で30分ヘッドの時代ですから、その音を聴くと慌てて階段を駆け上がって(連絡通路は地下でした)行く人が沢山いましたね。
昔の駅舎覚えてます
7000系パノラマカーは展望室の上部に運転席がありしばしば警笛を鳴らしていましたね。by酒向正也
地上駅だった頃は、隣接しているJR尾張一宮駅と、改札口を共有してました。駅が高架化されて、改札口が単独になりました。JR尾張一宮駅を、利用する場合は、一度名鉄一宮駅の改札を、出る必要があります。
尾張一宮側の改札を使って名鉄を利用すると、ホームの北の端の跨線橋を使うため、とても不便だった記憶があります。まあ、名鉄側も南の端の地下道でしたから、国鉄使う人からしたらどっちもどっちでしたが。跨線橋わたっているときに特急色の列車が尾張一宮の駅に停車しているのを見ると、「おおっ」て思ったものです。尾張一宮の旧駅ビルには今はなき山一證券が入ってましたね。それから、新一宮の駅が北に移転した関係で、旧駅舎前のパン屋?さんはなくなっちゃいましたね。今は駐車場です。すぐ西側のたばこやさんとか居酒屋さん(とんぼさん、平和さん、きょうちゃんさんとかあります)や鉄板焼やさん(昊さん)は、今もあるようです。もう一つ、尾張一宮駅前で外せないのは、ダンキンドーナツがあったことでしょうか。かつて、吉野家が経営していたアメリカではメジャーなドーナツやさんでした。小さい頃、一宮に出かけると、そこでお土産のドーナツを買ってもらうのが楽しみでしたね。
ドイツ鉄道の一等車と二等車のようなもので、一般車と特別車の差が全くありません。トイレも付いていない転換クロスの白帯に指定料金を払って乗る乗客がいたのでしょうか?
さすがに覚えてない…なんか別の路線を見てるようだ。
白帯とノーマル7000の合体特急とかあったような
1200系が登場する91年の9月頃まではよく見られました。
いまは岐阜までノンストップやなくて新木曽川、笠松にとまるもんなぁ
急行と大して変わらない。
"一部指定席"、パノラマカーが全て自由席なのに、指定席は展望席なしとは…!
動画が始まった瞬間、国府宮を出た所だと一瞬で気づいてしまいました😅妙興寺の辺りは今は道路になってますね😅
私が生まれた年、まだ2ヶ月です
7000系と7700系はまだ走り続けているかな
共に1両残らず廃車されました。そればかりか2ドア車全滅しました
うんうん
今思うと、この当時の名鉄は、夢が一杯溢れていた。貴重映像をどうもありがとう。
ありがとうございます。パノラマカーが普通列車に入ったり大都市の中心駅にツリカケ車が乗り入れたり、車と一緒に道路を走ったり…何でもありで楽しかったですね😌
@@森田和也-f1i 2ドア車は、中部国際空港へのアクセス特急で使っている、2000系ミュースカイと、一部指定席特急に使っている、1200系パノラマスーパーの豊橋側指定席車などに、残っているから、全廃ではないです。
名鉄では、自由席とは言わず、一般席と言いますね。ごく一部にあった自由席には、特急券が必要でした。
特急券が、必要だったのは、指定席です。現在はミューチケット席に、名称変更されてます。
特急券が必要だったのは、北アルプス号で、指定席でも自由席でも必要でした。ごく一般的な特急列車に連結されていた指定席には、指定席券が必要でしたが、立ち席利用の場合は、席を指定されないから不要ではないのか、というツッコミを受け、特別車両券と名を変えました。
@@ゴーリー1968 「ミューチケット」はあくまで特別車両券の名称で座席の名称ではありません。乗車券のほかに必要な座席のある車両は「特別車」です。
あらあら♫お疲れ様\(^o^)/
特別車に乗り間違えとか多そうだな
警笛鳴らしまくってて草
ちゃんとお金が取れそうな記録映像をこの場で公開してくれる事に感謝
「豊橋」「特」/「岐阜」「特」、パノラマカーの逆さ富士にはこの表示が一番似合いますね。まだ自分が小学生だった昭和40年代、親にせがんでパノラマカーによく乗せてもらいました。その後、特急はすべて座席指定券が必要になるのだけれど、名鉄特急がまだ乗車券だけで乗れた時代を懐かしく思います。
懐かしい!
昔の名鉄は警笛を鳴らしまくっていましたよね。市街地だろうが関係なく。
パノラマカーの前面展望もいいですねー モーター音最高!
常滑線なんかでは走行中でも鳴らし続けてましたね。ミュージックホーンがうるさいと言われる時代なんですかね…😖
国府宮〜新一宮間の全面展望が非常に懐かしいです!特急政策前の高速をよく利用していて、仮線前の旧線時代は線路規格も脆弱で更に線形も悪い為か回復運転時など、妙興寺手前からミュージックホーンを鳴らしっぱなしでよく新一宮まで進入していました。ありがとう高評価!
妙興寺あたりはミュージックホーンをフルで2連続鳴らしてましたね。速度も速くて興奮しながら展望席に乗っていました。
korosuke512tr 殿 私は尾西線ユーザーだったので、新名古屋から乗車する時は新一宮での連絡種別は当時、高速新岐阜で、大体P6編成で、よく新一宮到着が遅れ気味で妙興寺過ぎても100キロ以上の速度を出していましたね!特に横揺れが凄かった記憶です。展望席に座ると尾西線ホームまでが一番遠くなる位置になります、それでも津島方面の電車は少々遅れても必ず待ってくれてました!
@@アロたん-z5yさん
”高速”は懐かしいですね! 高速と言えば7500系の印象が強いです。子供時代の記憶を美化してしまう事はあるのでしょうが、それでもあの時代は良かった。。祖母にねだって7000系白帯車の指定席に初めて乗せてもらった日のことを忘れられません。
@@アロたん-z5y 尾西線ホームの「ジリリリ」というベルの音と、HL車独特の匂いが懐かしいです。
懐かしい!地上時代の新一宮駅はよく使ってましたよ!名古屋への行き帰りに。玉ノ井線もHLから6000になって1年たったあとですね
懐かしいです!7700系が連結された編成は特急だと座席指定になるけど稀に急行で運用されてた時があってその時は7700系も普通乗車できたのでそちらに乗った記憶があります!貴重な映像ありがとうございます。
いいですね~
この当時私は一宮に住んでいたのでよく覚えています。
7100系が改造前で7000系4連に組み込まれて6連になる本来の使い方だったり
7700系も2連が全て白帯車になって名古屋本線の指定席車運用に組み込まれていたり
今以上のカオスっぷりでしたね。
昔はよかった。大昔には少し離れたところには東一宮駅もあり岩倉、小牧へ名鉄があった。
昔はパノラマカーやSR車がブームだったのですね。
今や新一宮が名鉄一宮に駅名変更したし、一宮駅も高架化しました。
昔は玉ノ井に行く電車や津島に行く電車はなかったのですかねぇ~?
尾西線の電車は、隣の1・2番線から発車してました。
この頃は2扉車のほうが多かったかも?
このころは、7000系6両一般席車+7700系白帯車2両指定席車は、旧高速のスジで、新岐阜~新名古屋iで新一宮+国府宮に停車。
7000系4両一般席車+7000系白帯車4両指定席車は、旧特急のスジで、新岐阜~新名古屋間は新一宮のみの停車でした。
尾西線のホームで列車を待っていると対面に起方面のバスがでてたなぁ。尾張一宮側に出るにも歩かされたような記憶が、それが新一宮駅
いやー、TDK825系の加速、減速音聴き放題ですね。この音だけで、どんぶり飯三杯はいけます!(本当に)7000系列のTDK825系とD-3-FRの組み合わせもいいですが、5500系のTDK825AとDH-25の組み合わせも今聴くと中々おつな感じですね。しかも様々な種別にP車、SR車が当てられてる。最高ですね!30年前はこれが日常だったんですよね。あと、妙興寺のアピタ一宮店も懐かしいですね。今は、アピタ一宮店の名前はテラスウォーク(かつてのサンテラス一宮のユニー。現在は8年ほど前に立て替えました)のアピタに譲って、ピアゴパワーになってますね(ユーストア→ピアゴ→ピアゴプラス)
栄生と前後通過の急行が懐かしいです^ ^
新一宮駅は、名鉄一宮駅に、名称変更されてます。
名鉄一宮駅がまだ高架駅じゃなかった頃で妙興寺駅もまだそうでもなかった時代。
冒頭の前面展望の島氏永駅通過シーンを見て思った。
この当時も車の路上駐車が多かったんですね。
さすがはパノラマカーの前面展望! ミュージックホーンと電笛がご褒美に。
赤?燕脂?のシート、懐かしい。
SR車、モーター音最高だなぁ。
TDK-825系の低音から高音にかけて幾重にも音が折り重なる独特の音は最高ですね。
これより更に7、8年前の新一宮駅は、確か尾西線と玉ノ井線のホームが1面1線だったように思います。
そうです。平成元年に仮駅になるまでは、そういう配線でした。しかも、名古屋本線の岐阜方面の線路に面していたため、ホームの本線側には、柵が設けられていました。因みに、その頃の新一宮は、名古屋本線の促進ベルが電子音だったのに対して、尾西線は本物のベルごけたたましくなっていました。当時はHL車で30分ヘッドの時代ですから、その音を聴くと慌てて階段を駆け上がって(連絡通路は地下でした)行く人が沢山いましたね。
昔の駅舎覚えてます
7000系パノラマカーは展望室の上部に運転席がありしばしば警笛を鳴らしていましたね。by酒向正也
地上駅だった頃は、隣接しているJR尾張一宮駅と、改札口を共有してました。
駅が高架化されて、改札口が単独になりました。JR尾張一宮駅を、利用する場合
は、一度名鉄一宮駅の改札を、出る必要があります。
尾張一宮側の改札を使って名鉄を利用すると、ホームの北の端の跨線橋を使うため、とても不便だった記憶があります。まあ、名鉄側も南の端の地下道でしたから、国鉄使う人からしたらどっちもどっちでしたが。跨線橋わたっているときに特急色の列車が尾張一宮の駅に停車しているのを見ると、「おおっ」て思ったものです。尾張一宮の旧駅ビルには今はなき山一證券が入ってましたね。それから、新一宮の駅が北に移転した関係で、旧駅舎前のパン屋?さんはなくなっちゃいましたね。今は駐車場です。すぐ西側のたばこやさんとか居酒屋さん(とんぼさん、平和さん、きょうちゃんさんとかあります)や鉄板焼やさん(昊さん)は、今もあるようです。もう一つ、尾張一宮駅前で外せないのは、ダンキンドーナツがあったことでしょうか。かつて、吉野家が経営していたアメリカではメジャーなドーナツやさんでした。小さい頃、一宮に出かけると、そこでお土産のドーナツを買ってもらうのが楽しみでしたね。
ドイツ鉄道の一等車と二等車のようなもので、一般車と特別車の差が全くありません。トイレも付いていない転換クロスの白帯に指定料金を払って乗る乗客がいたのでしょうか?
さすがに覚えてない…なんか別の路線を見てるようだ。
白帯とノーマル7000の合体特急とかあったような
1200系が登場する91年の9月頃まではよく見られました。
いまは岐阜までノンストップやなくて新木曽川、笠松にとまるもんなぁ
急行と大して変わらない。
"一部指定席"、パノラマカーが全て自由席なのに、指定席は展望席なしとは…!
動画が始まった瞬間、国府宮を出た所だと一瞬で気づいてしまいました😅
妙興寺の辺りは今は道路になってますね😅
私が生まれた年、まだ2ヶ月です
7000系と7700系はまだ走り続けているかな
共に1両残らず廃車されました。そればかりか2ドア車全滅しました
うんうん
今思うと、この当時の名鉄は、夢が一杯溢れていた。貴重映像をどうもありがとう。
ありがとうございます。パノラマカーが普通列車に入ったり大都市の中心駅にツリカケ車が乗り入れたり、車と一緒に道路を走ったり…何でもありで楽しかったですね😌
@@森田和也-f1i
2ドア車は、中部国際空港へのアクセス特急で使っている、
2000系ミュースカイと、一部指定席特急に使っている、
1200系パノラマスーパーの豊橋側指定席車などに、
残っているから、全廃ではないです。
名鉄では、自由席とは言わず、一般席と言いますね。
ごく一部にあった自由席には、特急券が必要でした。
特急券が、必要だったのは、指定席です。現在はミューチケット席に、
名称変更されてます。
特急券が必要だったのは、北アルプス号で、指定席でも自由席でも必要でした。ごく一般的な特急列車に連結されていた指定席には、指定席券が必要でしたが、立ち席利用の場合は、席を指定されないから不要ではないのか、というツッコミを受け、特別車両券と名を変えました。
@@ゴーリー1968
「ミューチケット」はあくまで特別車両券の名称で座席の名称ではありません。
乗車券のほかに必要な座席のある車両は「特別車」です。
あらあら♫お疲れ様\(^o^)/
特別車に乗り間違えとか多そうだな
警笛鳴らしまくってて草